文化
宮古島の体験

後世に語り継いでいくべき詩。
「なりやまあやぐ」という宮古民謡。

物憂げな三線の音と、響く旋律、心震わせる宮古民謡・なりやまあやぐ。
その伝統を次世代へとつないでいきたいと発祥の地・友利で毎年催されるのが、
2018年に13回目を迎えた「なりやまあやぐまつり」です。
中秋の夜空にこだまする歌声、波音に溶ける音色、大切に守る島の心がここに。

友利の地で生まれた宮古民謡は、
高難易度の奥深き名曲。

なりやまあやぐとは、宮古島を代表する民謡のひとつです。美しく穏やかな旋律は、非常にゆったりとしていることから三線の入門歌としても広く歌われ、島民ならば誰もが一度は耳にしたことのある名曲と言われています。しかし、プロをもってして「満足に歌えることはない」と言わしめるほど。息継ぎ、抑揚、三線のリズムと、宮古民謡が大切にする、要素が詰まっており、シンプルに見えて非常に奥が深いと言われています。
なりやまあやぐの作詞・作曲者は定かではありませんが、宮古島の友利地区が発祥地ということ、さらには元治元年(1864年)にはすでに友利で歌われていたということがわかっています。現在、アラマンダ インギャーコーラルヴィレッジの横に位置する友利集落のイムギャーマリンガーデン(インギャーマリンガーデン)には、「発祥の地」としての歌碑が建立されています。
歌詞の内容は、妻が夫を諭す教訓歌であり、大人の女性の気持ちを歌ったもの。夫が他の若い女性に心をひかれないで下さいと願いを込め、例え話を入れながら「ほかの人に、心をうごかさないでくださいね」との気持ちをこめて歌っていくといいます。

なりやまあやぐ発祥の地、友利のイムギャーマリンガーデン。
イムギャーマリンガーデンに立つ、なりやまあやぐの歌碑。

なりやまあやぐの文化を
次世代へつなぐ、歌の祭典。

そんななりやまあやぐを、次世代へ継承していこうと始まったのが「なりやまあやぐまつり」です。2018年の大会で第13回を数え、毎年、発祥の地・友利で開催している地元民が楽しみにする地域密着型のまつりです。
まつり当日、宮古島屈指の透明度を誇るイムギャーマリンガーデンの海の上には特設舞台が作られ、目前の白砂ビーチがメイン会場、桟敷席も設けられ、宮古そばを始めとする屋台の出店など大いに賑わいます。さらに会場には数百のローソクの灯籠が辺りを照らし、闇が訪れるほどに幻想的な雰囲気に包まれていくのです。

それぞれのなりやまあやぐが、
波の音に溶け合う。

そしてまつりのメインイベントは、参加者によるなりやまあやぐの披露。2018年の大会では約90人におよぶ参加者が、なりやまあやぐを歌い、その音色を競います。朝7時の安全祈願に始まり、三線教室、昼の予選会、子供の部、大人の部の本戦が順次行われます。
すべてが同じ歌なのに、歌う人によって驚くほど音色が違います。力強い歌声もあれば、妖艶に艶っぽく、さらには郷愁を帯びた歌声と、寄せては帰る波の音に、なりやまあやぐが響き渡るのです。
表彰の後には、まつりを締めくくる打ち上げ花火。歌の余韻が相まってか、満天の星空がそうさせるのか、花火の美しさが際立ち、拍手とともにまつりはクライマックスを迎えるのです。

まずは主催者が楽しむこと。
それが自然と多幸感を生む。

「自分たちが楽しむこと。とにかくそれに尽きる」。そう話してくれたのは、なりやまあやぐまつり実行委員会・会長の奥浜健氏。協賛集めに奔走し、この時期多発する台風の襲来に備え、それでも毎年毎年まつりを盛り上げる立役者のひとりです。
まつり当日に取材を申し込むと、「明日も明後日もここにいるからいつでもいらっしゃい」と笑顔に。そうなのです、まつりは1日かと思いきや、奥浜氏をはじめとする友利集落の方々にとっては、1週間にわたる一大イベント。集落総出で、舞台や会場の設営にはじまり、夜は決まって宴会。まつりの前夜も本番も翌日も、毎日のように夜は打ち上げ、集落の絆を深めるのです。楽しいからやる、幸せだから伝えていきたい、奥浜氏の言葉には、そんな純粋な思いが滲んでいます。

なりやまあやぐまつり実行委員会・会長 奥浜健氏。

歌声で島民の心をひとつに。

宮古島に伝わる民謡・なりやまあやぐとは、いわばその歌声を媒介に島民の心をひとつにつなぐ装置。まつりを通じて次世代に伝えられ、今までもそしてこれからも大切に守り歌われ続ける、宮古島の心なのです。

取材協力:
奥浜健さん(なりやまあやぐまつり実行委員会・会長)

MAP

なりやまあやぐまつりの行われるイムギャーマリンガーデンは、
アラマンダ インギャーコーラルヴィレッジに隣接しています。